当研究室は、純粋な有機物から遷移金属錯体まで多岐にわたる「分子」を構成成分とする、機能性物質、特に超伝導体を含む電気伝導体の開発を行っている。分子性導体は、みかけの複雑さに反して、明快で見通しの良い電子構造を持つ。その多様な物性は、低次元性、強い電子相関、格子の柔らかさ等に由来している。分子性導体では、多様な分子修飾が可能であり、分子修飾による物性の精緻な制御が可能である。我々は、分子集合体の物性を合成化学的手法で制御することによって新しい物質を創造し、分子の特性を反映した新しい機能や現象を見いだすことを目指している。
研究担当者:石井,田村,加藤 分子性物質を含む強相関電子系の電子状態について,磁性測定は重要な情報を与えるが,圧力下での研究例は少ない。分子性導体の磁化率が小さいので,圧力容器の材質や形状に特別な工夫を凝らさなければ信頼できる結果が得られないからである。圧力下の分子性導体の磁化率測定は,フロンティアの1つである。我々は圧力容器の材質や形状を十分に吟味することで測定精度を向上させ,この研究手法を分子性導体Pd(dmit)2塩の圧力下での電子物性研究に応用している。Pd(dmit)2塩は常圧下ではモット絶縁体で,局在スピンが二次元三角格子上でフラストレートしている。圧力下でPd(dmit)2塩の示す特徴的な物性として,金属状態へのモット転移および超伝導が挙げられる。これらについて,磁性の観点から研究を進めた。まず,EtMe3P塩(P21/m相)とEt2Me2P塩は,常圧下でそれぞれスピンギャップ相と反強磁性秩序相を基底状態として持つが,加圧によってスピンギャップ相への転移温度は抑制され,反強磁性秩序化転移温度は上昇することを明らかにした。ともに0.5 GPa程度以上に加圧すると金属状態になるが,その過程で磁化率の変化はほとんどない。これは,1つのサイトを2電子が占有する二重占有状態の割合が,金属状態でも強相関効果のため低く抑えられていることを意味し,最近のモット転移についての理論計算結果に対応している。Pd(dmit)2塩の絶縁相はフラストレーションのため高エントロピーなので,低温では相対的に金属状態が実現しやすいが,その金属状態での強相関効果を調べたことになる。EtMe3P塩(P21/m相)を加圧するとスピンギャップ相への転移が抑制され金属状態が低温で現れ,約5 K以下では超伝導が出現する。昨年度これがバルク超伝導であることを確認したが,今年度は引き続いて単結晶試料を用いて圧力下での超伝導特性を詳細に調べ,下部臨界磁場や超伝導体積比等の基礎的パラメーターを決定し,圧力−温度相図を作成した。次に,2Pd(dmit)2- → Pd(dmit)22- + Pd(dmit)20という完全電荷分離転移を示すEt2Me2Sb塩について,電荷分離による常磁性高温相から非磁性低温相への磁性変化を圧力下でも観測した。過去の電気抵抗測定で示された通り,0.5 GPaまでは転移温度が上昇する。一方,高温相の磁化率は圧力とともに減少した。この減少は圧力による反強磁性的交換相互作用の増加によると考えている。 研究担当者:清水,田嶋(陽),加藤 スピン(S = 1/2)が三角格子上に局在したモット絶縁体であるEtMe3P[Pd(dmit)2]2 (P21/m相)は,格子変形を伴う並進対称性の破れによって,スピン励起に有限のギャップを持つスピン一重項状態が基底状態となる。このようなスピン状態は,あらゆる対称性の破れのない量子スピン液体に対して,量子スピン固体や共有結合固体(valence bond solid)と呼ばれる。二次元系では,直行ダイマー系のSrCu2(BO3)2や古代中国の紫色素であるBaCuSi2O6等が知られていたが,量子スピン固体からのモット転移や超伝導の出現は,物性物理学で長年熱望されてきたものの実現していなかった。我々は,EtMe3P[Pd(dmit)2]2における詳細な圧力下の電気抵抗と磁気抵抗測定によって,量子スピン固体と金属(超伝導)状態が一次相転移線を挟んで接していることを実験的につきとめた。 静水圧下の電気抵抗測定から,EtMe3P[Pd(dmit)2]2におけるモット転移の圧力−温度相図を構築した。静帯磁率とX解回折実験から25 Kで構造相転移を伴うスピンの二量化が起こることがこれまでに分かっていたが,電気抵抗の温度依存性から見積もられた活性化エネルギーの増大としてこの相転移が観測された。圧力の増加とともに転移温度は徐々に減少し,約4 kbarでモット絶縁体−金属転移に遭遇する。そこで電気抵抗の温度依存性は,一度金属状態に落ち着いた後,低温で跳びを伴って再び絶縁体的になる。これは,低温で金属(フェルミ液体)相よりも安定なスピンギャップのある絶縁体への一次相転移が起こっていることを示唆する。実際,低温の絶縁体状態へ強磁場を印加したところ,金属−絶縁体転移温度は磁場の増加とともに低下し,10 Tで消滅した。磁気抵抗測定でも,絶縁体−金属転移を示す抵抗の飛びが観測された。これはゼーマンエネルギーの増加に伴いスピン一重項状態が壊され,金属状態が安定化したことを示唆する。また,モット転移近傍の金属相では,低温で超伝導が出現する。これらの実験結果は,超伝導に隣接するモット絶縁体相まで有限のスピンギャップを持つ量子スピン固体状態が続いていることを示している。 ↑年次報告
研究担当者:高坂,加藤,田村,山本(浩),深谷 Ni(dmit)2分子は,ハロゲン化ピリジニウムカチオンと超分子を形成することができる。我々はジハロピリジニウムカチオン(Me-3,5-DIP = N-methyl-3,5-diiodopyridiniumおよびMe3,5-BIP = N-methyl-3,5-bromoiodopyridinium)と組み合わせて2種の超分子Ni(dmit)2アニオンラジカル系を見いだした。この塩は結晶学的に独立な2つのNi(dmit)2アニオン層(Layer I, II)を含み,それぞれの層は局在スピンと伝導電子を持つ。電気伝導度および磁化率測定からは,両者の塩で,伝導電子と局在スピンが4.2 Kまで共存していることが明らかになった。これらの性質はいずれも,別々の層に含まれるNi(dmit)2アニオン上のπ電子によってもたらされている。しかし,10 K以下における磁気的挙動には両者の塩で相違が見られる。Me-3,5-DIP塩では反強磁性転移が示すのに対し,Me-3,5-BIP塩では自由スピンのような振る舞いが見られる。これは,化学修飾によってこれらの物性は制御できる可能性を示唆している。 (1) 有機金属配位子を導入した平面四配位非対称型[(ppy)AuIII(S-S)] (ppy- = C-deprotonated-2-phenylpyridine; S-S = dithiolene ligand) 金属錯体を用いた分子性導体の物性評価 研究担当者:久保,石井,田村,加藤 我々は,非対称型有機金属 [(ppy)AuIII(C8H4S8)]のラジカルカチオン塩 [(ppy)AuIII(C8H4S8)]2[PF6] が金属的挙動を示すことを初めて見いだした。本年度は,この化合物の物性評価を行い,基礎物性を明らかにすることを目的とした。 拡張ヒュッケル法を用いたバンド計算では,この塩は常圧下で金属的挙動を示すことが示唆されたが,常圧下での電気伝導度の温度変化は,半導体的挙動(Ea = 0.03 eV)を示す。しかし,0.8 GPa以上の圧力下で金属的となる。この電気伝導度と磁化率測定の結果から,この塩の基底状態は,モット絶縁体に近い準一次元強相関電子状態であることが分かった。また,この状態で局在したスピンが,約50 Kで反強磁性転移して磁気異方性を示すことも分かった。本研究により,新しいタイプの分子性導体の物性に関する基礎的な知見を得るこができた。 (2) tto(テトラチオオギザレート)架橋配位子を有する多核金属錯体を用いた分子性導体の開発 研究担当者:久保,山本,加藤 我々は昨年度,tto(tetrathiooxalate)架橋配位子を有する多核ニッケルジチオレン錯体[(tto)2Ni3(S-S)2]2- および[(tto)Ni2(S-S)2]2- (S-S = dithiolene ligand: dmit, dmise, tdas, dddt, edo)の簡便な合成法を確立した。本年度は,上記錯体の結晶成長および物性測定を主に行った。なかでも,既存の手法では得ることができなかった,三核錯体の単結晶の構造解析に成功し,物性測定を行うことができたのは大きな成果であった。この三核錯体は,電子構造が閉核であり,隣接する分子間の面間相互作用も小さいが,電気抵抗の温度変化は,半導体的挙動(ρr.t. = 1.0 ×104 Ωcm,Ea = 0.28 eV)を示した。現在,その伝導機構をさらに検討中である。この錯体の中性におけるHOMOとLUMOは高い軌道対称性を持ち,HOMO-LUMOギャップは,0.15 eVと非常に小さい。これは,特異な分子性導体である単一成分金属の構成分子の条件と一致する。本研究により,単一成分金属への発展が期待できる結果を得ることができた。 ↑年次報告
研究担当者:田嶋(尚),田村,加藤 我々は高圧下にあるα-(BEDT-TTF)2I3が線形分散型のバンド構造を持つゼロギャップ状態であることを明らかにしてきた。この系の特徴は,電気伝導度が温度にほとんど依存しないのに,室温から1.5 Kまで6桁も変化するキャリア濃度と易動度にある。キャリア濃度の温度変化と易動度の温度変化が相殺してフラットな電気伝導度を示すのである。低温では1015 cm-3の低キャリア濃度と106 cm2/V.sの高易動度の状態にある。 キャリア濃度nは50 K以下で n ∝T2に従い,系がフェルミエネルギー近傍に線形分散型のバンド構造を持つことを示唆する。ゼロギャップ状態のエネルギー分散はE = hvFk と書けるので,これからキャリア濃度はn ∝ vF -2T2と計算される。キャリア濃度の温度変化の傾きからフェルミ速度vFはvF 〜107 cm/sと見積もられる。 この系で最も興味があるのは,なぜ温度に依存しない電気伝導度を示すのかという点にある。そこで,どのような抵抗値を持つのかを知るために1層あたりの電気抵抗(シート抵抗RS)を見積もった。このような擬二次元物質ではシート抵抗RSを考慮することが大事である。その結果,驚いたことに広い温度範囲で量子抵抗h/e2 = 25.8 kΩ近傍に量子化することを見いだした。これがゼロギャップ状態における電気伝導性の特徴である。最も重要なのはこれが不純物濃度にあまりよらないという事実である。 我々はこの系の電気伝導特性を1.7 - 19 x 107 /cm2の不純物濃度を含むいくつかの試料で調べた。その結果,7 K以上でシート抵抗の試料(不純物濃度)依存性は非常に小さく,量子抵抗h/e2 = 25.8 kΩ 近傍に量子化していた。不純物濃度は1桁以上異なるのに,シート抵抗はそれにほとんどよらないのは大変興味深い。 一方,7 K以下の低温では大きな試料依存性があり,シート抵抗RSは不純物濃度|dn|に比例して増大する(RS ∝|dn|)。 研究担当者:山本(貴),加藤;高橋,山澤(先端技術開発支援センター) 脆弱な分子性導体に対して連続的に負圧(引張り)を与える研究例はほぼ皆無である。負圧は,新奇な相転移を誘発するのに有効な手段であると期待できる。前年度に行った負圧下印加法を基に,ヘリウム温度以下・磁場中での抵抗率測定に耐え得る冶具を開発した。この冶具を常圧下で半導体―超伝導転移を示す物質,β-(BEDT-TTF)4[Ga(ox)3H3O]PhNO2に適用した。最大伝導方向へ延伸した場合,転移温度が上昇した。これまでは,有機伝導体に超伝導を誘発するには,実質的に加圧実験という手法しかなかった。今回の実験結果は,「負圧誘起物性」なる新規分野の創生に資すると確信している。 ところで,延伸下における結果は,伝導方向の移動積分の減少と,これに垂直な方向の再近接Coulomb斥力の増大が,転移温度の上昇に寄与していることが示唆される。これをは次に示す研究により支持されることが判明した。 [BEDT-TTF=bis(ethylenedithio)tetrathiafulvalene, ox=oxalate anion, PhNO2=nitrobenzene] ↑年次報告
研究担当者:山本(貴),深谷,山本(浩),加藤 二量化が弱い3/4−フィルド系・2/3−フィルド系の分子性導体は,超伝導相の近傍に反強磁性相を見いだすことができず,超伝導転移の理論的・実験的位置付けが未だ定まっていない。そこで,β-型BEDT-TTF塩をモデル化合物として選び,同型で異なる伝導性を示す物質(絶縁体・超伝導体・金属)の光学的測定の比較により電子間相互作用を考察した。単位胞中に複数存在するBEDT-TTF分子の電荷量の時間平均を観測したところ,各分子間の時間平均の差は絶縁体から金属になるに従い減少する。この傾向は,絶縁体は電荷整列状態であり,超伝導転移近傍では電荷が揺らいでいる状態であり,金属では時間平均が均一であることを意味する。 時間平均の差の大きさは,積層分子間の距離の長短(分子間斥力の濃淡)に依存することを見いだした。すなわち,分子間距離が長い箇所と短い箇所がある場合,長い箇所で無ければ,電荷は対を形成しない。この原則を基に複数の電荷整列構造を安定な構造から不安定な構造へと並べることができる。最安定構造が一種の場合は,絶縁体。最安定構造が二種(以上)ある場合(縮退している場合)は,最安定構造もしくは不安定構造の特徴により伝導性を分類できる。 1) 最安定構造の縮退が解ける場合は,最安定構造が一種になり,絶縁化する。2) 超伝導体では,縮退しない不安定構造が存在する。3) 金属的挙動を示す物質では,縮退が解けない。 なお,分子間距離が均一な場合は,最安定構造の縮退は解けない。事実,このような物質群は,常圧下・加圧下ともに低温で金属である。この分類法は,過去に得られた複数の断片的な温度−圧力相図を統一させることができる。 上記の分類法の確証を得るために,常圧下で絶縁体,高圧で超伝導を経て金属に至る,2/3−フィルド系の分子性導体を用いて,圧力下における電荷量の時間平均値の差を求めたところ,上記分類法に沿った経過を辿った。このように,二量化の弱い有機超伝導体を誘発するには,最近接斥力の大きさという単純な指標ではなく,斥力の濃淡(分散)が重要であることが分かった。 研究担当者:山本(貴),加藤 圧力下で超伝導転移を示すdmit錯体の多くは,常圧下で反強磁性絶縁体であり,強い二量化という構造的特性に沿った1/2−フィルドの二次元系と見なしてうまく記述される。ところが,低温常圧下で非磁性絶縁体・加圧下で超伝導になるdmit錯体が発見された。上記項目で記したように,二量化の弱いET系超伝導体の研究にヒントを得て,電荷不均化の可能性を検討した。常圧下で非磁性になる物質群の分子内振動の振動数を測定し,独立分子間の電荷量の時間平均の差を調べた。局在性が高く,超伝導相に移行するために高い圧力を必要とする塩は,常圧で電荷整列状態である。一方,局在性が弱く,低い圧力で超伝導になる塩では,電荷量の時間平均差は小さいながらも有限であった。この結果は,電荷揺らぎの状態に隣接した超伝導相の存在が, β-型BEDT-TTF塩に限らず,一般的であることを示唆する。 [dmit=1,3-Dithiol-2-thione-4,5-dithiolate] 研究担当者:木須,小林(恵),山本(浩),加藤 固体で発現する諸物性は電子状態,特にフェルミ準位近傍の電子構造と非常に深い関わりを持っている。物質の電子状態を知ることは物質の設計・応用にあたって非常に重要である。しかし,将来応用が大きく期待されている分子性導体における電子状態の研究はその測定の困難さ等によりほとんど行われてこなかった。電子状態を直接観測し,それをバンド計算と比較してより正確なバンド計算のための指針を得ることは,自由に分子を設計できる新規分子性導体設計の発展に大きく寄与することになる。我々は電子構造を直接観測する手法として外部光電効果によって真空中に飛び出した電子のエネルギーを測定することにより物質の占有電子状態を直接観測する光電子分光(Photoemission spectroscopy : PES)と併せて光電子の放出角度も測定することにより,電子状態を運動量に分解して測定することができる唯一の実験手法である角度分解光電子分光(Angle resolved photoemission spectroscopy)を用いて二次元分子性導体の研究を行った。 過去に行われた二次元分子性導体の光電子研究を踏まえ,我々は対象物質として相関が小さく金属的な系である,(BEDT-TTF)3Br(pBIB)を選び研究を行った。また,励起光として従来型光源のHe放電管(21.218 eV)に加え,試料へのradiation damageの小さいレーザー(6.994 eV)を用いて新たに開発された光電子分光装置を用いて実験を行った。 その結果,レーザーを用いた光電子研究において初めて二次元分子性導体の角度分解光電子分光に世界で初めて成功した。また,試料の金属性の高さを反映した明瞭なフェルミ端を分子性導体において世界で初めて確認することにも成功した。さらに,He放電管を用いた角度分解光電子分光にも成功し,これらの結果により,分子性導体の電子構造をバンド計算と直接比較することが初めて可能になった。 実験結果をtight binding modelによる計算と比較することにより,バンド計算にエネルギースケールを与えることが可能となり,その分散の形状は実験と計算で非常に良く一致していることが明らかになった。このことはフェルミ面を構成する1stπの電子構造に関してこの計算手法が有効であることを証明するものである。 またNIMSの宮崎剛博士に依頼した第一原理計算との比較を行うことで,バレンスバンド全域にわたる検証を行うことが可能となった。その結果,電子構造の形状に関しては第一原理計算は非常に良く実験結果と一致する一方,エネルギースケールについてはややunder estimateであることが明らかになった。これらの結果を第一原理計算にフィードバックすることにより,物質設計において非常に重要な位置を占める第一原理計算の進歩に寄与することができる。 ↑年次報告
研究担当者:山本(浩),高坂,加藤 これまでに開発した6種の超分子ナノワイヤー,(EDT-TTF)4BrI2(TIE)5, (EDST)4I3(TIE)5, (MDT-TTF)4BrI2(TIE)5, (HMTSF)2Cl2(TIE)3, (PT)2Cl(DFBIB)2, および (TSF)Cl(HFTIEB) の結晶構造を比較検討し,超分子ナノワイヤーを構築するために必要な化学的・結晶学的特徴について考察した。その結果,ハロゲン結合の指向性が超分子の剛直性を生み出しているということの他に,陰イオン周りの配位数・配位角についての柔軟性が重要な役割を果たしていることが明らかとなった。また,伝導性のドナー分子と絶縁性の超分子との間に,格子周期の"compatibility"が成り立っており,双方で様々な構造的調整が行われた結果として,結晶性超分子ナノワイヤーが構築されていることが明らかとなった。このほか超分子ナノワイヤーのバンド計算,および格子欠陥モデルに基づく異方性の計算を行い,超分子ナノワイヤーの示す物性と今後の設計指針について考察を行った。 (EDT-TTF = ethylenedithiotetrathiafulvalene, TIE = tetraiodoethylene, EDST = ethylenedithiodiselenadithiafulvalene, MDT-TTF = methylenedithiotetrathiafulvalene, HMTSF = hexamethylenetetraselenafulvalene, PT = bis(propylenedithio)tetrathiafulvalene, DFBIB = 1,4-difluoro-2,5-bis(iodoethynyl)benzene, TSF = tetraselenafulvalene, HFTIEB = 1,1',3,3',5,5'-hexafluoro-2,2',4,4'-tris(iodoethynyl)-biphenyl) 研究担当者:山本(浩),川椙,池田,鈴木,加藤;塚越(河野低温物理研究室) 分子性導体の微小結晶をシリコン基板上で成長させ,その電気特性を基板上で直接測定することによって,結晶サイズ効果の評価やゲート電圧を用いた各種電気測定等を可能にし,分子性導体の新たな側面を見いだそうと考え検討を行った。 (DMe-DCNQI)2Agのマイクロ/ナノ結晶については,昨年度に引き続き抵抗変化型メモリ(RRAM)素子としての動作様式について検討を行った。その結果,観測される双安定抵抗動作は,(DMe-DCNQI)2Agと金電極の接触界面で起きている現象であることが解明された。また,動作様式は抵抗のon/offスイッチと整流作用が組み合わさったものであり,双安定整流素子と呼ぶべき特徴的な様式であることが明らかとなった。さらに(DMe-DCNQI)2Agの基礎物性についても四端子測定を新たに行い,以前二端子測定で確認した100 K付近の金属−絶縁体転移をより明確に確認することができた。 また,これとは別にα-(BEDT-TTF)2I3の結晶を基板上で成長させて四端子測定と電界効果の測定を行った。バルク結晶では135 Kで起きることが知られている金属−絶縁体転位の臨界温度が,基板上のマイクロ結晶では約150 Kに変化することが四端子測定により明らかとなった。また,転位の温度幅がバルクに比べて広くなる現象も確認された。電界効果についてはゲート電圧を印可しながら温度依存性を測定し,約80 K付近で最も効果が大きくなることを明らかにした。 一方,結晶成長における位置・サイズ・方向等の制御についても検討を行った。電気分解で結晶を成長させる際は,結晶成長極と反対極との配置関係や,流す電流の大きさ・極性を変化させることにより,結晶成長の様子が変化することを明らかにした。また,電極に対してレーザー等で傷をつけ,その部位で優先的に結晶成長が見られることを確認した。 (DMe-DCNQI = 2,5-Dimethyl-N,N'-Dicyanobenzoquinonediimine, BEDT-TTF = bis(ethylenedithio)tetrathiafulvalene) 分子性導体を構築する有機半導体を基礎として,分子デバイスへ応用可能な新規の有機半導体および分子性導体を開発し,電界効果トランジスタ(FET)への応用を試みた。有機分子を用いたトランジスタのキャリア移動度は,従来のアモルファスシリコンに匹敵するレベルまで改良されている。しかしながらマクロな意味でのトランジスタ特性と,用いる有機半導体のミクロな性質との相関に関する研究は,いまだ未開拓の段階にある。トランジスタの活性層に用いる有機半導体は分子の集合体であり,分子の電子状態とこれらが集合した薄膜や結晶構造中での分子配列や電子状態がトランジスタ特性に大きく影響する。 本年度は,有機分子の特徴である分子配向という概念に着目して以下のテーマに取り組んだ。 (1) 新規液晶性オリゴチオフェン誘導体の合成 研究担当者:芦沢 液晶性に基づく分子配向を溶液プロセスから実現することを目指して,有機溶媒に可溶で且つ液晶性を示す新規のオリゴチオフェン誘導体を合成した。ドロップキャスト法でこれらの分子を用いたボトムコンタクトタイプのトランジスタを作成し,特性を評価した。キャリア移動度は蒸着等のドライプロセスで作成したオリゴチオフェン誘導体に匹敵する値(〜10-2 cm2/Vs)を実現した。作成した薄膜のX線回折測定から,薄膜中において分子が層状構造を形成することが明らかとなり,液晶状態における分子配向との相関が示唆された。溶液プロセスからの,分子の示す液晶性に基づく分子配向の実現への手がかりを得た。 (2) チエニル置換ピレン誘導体の合成 研究担当者:芦沢,深谷,田村 ピレンを基本骨格としてチオフェン環で修飾したピレン誘導体を合成した。これらの分子の単結晶を,溶液からの再結晶およびPVT (Physical Vapor Transport)法により作成し,構造解析を行った。また単結晶FETを作成して結晶構造およびFET特性を直接関係づけることに成功した。特にトランスファー積分の計算から,FET特性を示すために必要なキャリアのホッピング伝導の最小エネルギー(0.2 eV)を見積もることに成功した。 ↑年次報告
研究担当者:礒島 高い対称性を持つ分子等では,電子遷移が二重ないしは三重に縮退することがある(本研究では二重および三重縮退の場合をそれぞれ二次元系および三次元系と呼ぶ)。2つないし3つの縮退した遷移双極子のコヒーレントな重ね合わせにより,これら遷移双極子モーメントベクトルの成す面あるいは空間の任意の向きの光励起による遷移が可能となるため,通常の非縮退の遷移のみの関与する場合(一次元系)とは大きく異なる非線型光学応答の異方性を示す。またこのような分子では,異方性に関わるもう一つの要因である分子配向についても一次元系とは異なることがある。本課題では,このような電子状態の次元性と非線型光学応答の異方性との関係を検討するとともに,分子配向の評価と制御手法や光機能素子への応用等の研究を行っている。 本年度は,前年度に引き続き弱い自発的非中心対称(極性)配向を示す有機薄膜系における分子配向の形成機構の解明に向けた取り組みを行った。有機EL材料としてもよく用いられているtris(8-hydroxyquinolinato) aluminum(III) (Alq3)は,暗所で真空蒸着すると膜厚に比例して膜表面電位が増大し,28 V/560nmにも達することが知られている。この巨大表面電位は分子の非中心対称配向によるものであるが,その配向秩序因子は0.01程度である。このように対称性の高い分子で非中心対称分子配向が得られること,配向秩序因子が再現性良く0.01程度の小さい値をとることは,分子の自己組織化過程の観点からも興味深い。この配向形成機構に関わる因子を特定するため,様々な条件で作製したAlq3薄膜の分子配向を一次電場変調分光法により評価した。その結果,真空蒸着法で作製した薄膜については作製条件(蒸着中の光照射の有無や蒸着速度)や後処理(アニーリングの有無)によらずほぼ同程度の配向度の非中心対称分子配向がみられた一方で,ウェットプロセス(スピンコート法やキャスト法)により作製した薄膜では非中心対称分子配向は見られなかった。これらのことから,非中心対称分子配向の形成には真空蒸着過程が重要な役割を果たしていることが明らかとなった。 研究担当者:小林(徹);松尾(本林重イオン核物理研究室) 従来,レーザーアブレーションの対象は金属等バルク物質であったが,その応用領域の拡大のためには,さまざまな試料における基礎過程の理解が望まれる。我々は,分子や生体試料等の基板上固相化試料に対するフェムト秒レーザーアブレーション(fsLA)による(1)新規化学定量分析装置の開発研究および(2)フラーレン等有機分子の解離フラグメントイオン生成過程に関する基礎研究を行っている。 (1) 新規化学定量分析装置の開発研究 標識元素を含んだ高分子の定量分析のために,fsLAによる同時原子イオン化(fs-SAI)を利用した質量分析装置を開発している。前年度はプラズマ密度の減少による順電場加速の実現と本分析手法のさらなる応用範囲の拡大を目指して,装置内部に集光光学系を設置することにより,集光径を20ミクロンまで縮小することに成功した。今年度は,小さな集光径を活かした応用として生体細胞単位での標識分子分布診断を実現するための基礎実験とともに,生物系研究者の利用を目的とした実用機の開発を行った。 (2) フラーレン等有機分子の解離フラグメントイオン生成過程に関する基礎研究 フラーレンやカーボンナノチューブは産業への応用研究が盛んだが,最も基本的なバックミンスターフラーレン分子(C60)の生成メカニズムでさえ,依然解明されていない。その逆反応である解離過程の研究は,生成メカニズム解明の手がかりを与えるものと期待される。我々は上記(1)の研究で用いているfsLAを利用した質量分析装置によりC60の解離反応を研究した。その結果,フラグメント分子イオン(Cn+, n = 13-28)の生成とともに,その準安定解離過程が観測された。ススから生成するカーボンクラスターイオン(n = 13-28)の場合,エネルギー的に最安定な構造はリング構造であることが知られている。我々の実験結果は,fsLA直後のC60からはエネルギー的に不利な部分的フラーレン構造を持つフラグメントイオンが生成し,やがてエネルギー的に安定なリング構造に変化するとともに,より小さな分子イオンに解離していることを示唆している。このような過渡的な不安定フラグメントの生成は,従来の気相におけるフェムト秒レーザー励起では観測されておらず,fsLAに特徴的な過程であることが判明した。 ↑年次報告
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