Research

高出力・超広域波長可変THz波光源の開発に関する研究

光波長変換による後進テラヘルツ波発振を実現 -究極の小型化発振器へ-

我々は、光波長変換に基づく後進波テラヘルツ波発振の位相整合条件を解明し、共振器構造無しでテラヘルツ波領域での後進波発振に成功しました。

後進波発振の基本原理は1966年に提案され、複雑な共振器構造のない小型・安定な構成で光波長変換を実現する手法として注目を集めてきました。しかし、実際には後進波発振の実証例がほとんどなく、原理の詳細は明らかになっていませんでした。

そこで、光波長変換のための非線形光学結晶としてニオブ酸リチウム結晶による疑似位相整合デバイスに着目しました。独自の斜周期分極反転素子を設計し、デバイスに近赤外励起光を導入するだけで近赤外光の後進波としてテラヘルツ波を発振させることができました(図1)。実験結果の解析から、疑似位相整合デバイスを回転させるだけでテラヘルツ波の発振周波数を制御可能であることを実証し(図2)、位相整合条件において励起光の運動量が周期構造による変調を受けた結果、仮想の励起光に対してコリニア位相整合となるという非線形光学における新しい考えを導出しました。

本手法を用いて手のひらサイズのテラヘルツ波光源を実現しています(図1右下) 。従来手法より小型で、用途に応じて柔軟に周波数制御可能な光源は非破壊検査など様々な応用を加速させると期待できます。

図1:光波長変換に基づく後進テラヘルツ波発振の概略図と手のひらサイズのテラヘルツ波発振器
独自に設計した疑似位相整合デバイスに近赤外励起光を導入するだけで、他の光学素子を用いずに後進テラヘルツ波を発振させることができる。
図2:発振テラヘルツ波周波数の計算結果と実験結果

有機材料の非線形光学定数精密計測

共役π電子系が物性を支配している有機系材料は、従来の無機系材料を凌駕する光学的非線形性を有しており様々な光デバイスへの応用が期待されている。しかし有機材料の非線形性を正確に測定する事は難しく、例えば有機イオン塩結晶DASTに関する過去の報告では、2次非線形光学定数d11に対して3倍、d12に対しては7倍もの差異がある。非線形光学定数の値を正確に計測する為には、表面粗さがコヒーレンス長(非位相整合条件下では典型的に1mm程度)以下で、かつ両面平行度の高い平板試料からのメーカーフリンジを測定する必要があるが、脆弱な有機材料に対しては従来の光学研磨や精密加工が難しく、非線形光学定数の決定に大きな誤差が生じている。また、加工が困難であるから有機結晶を任意の面・軸方位及び形状で使用する事も出来ず、有機系材料が充分に活用されていないのが現状である。

そこで我々は先端光学素子開発チームの協力の下、有機分子性結晶BNAを対象として単結晶ダイアモンドによる超精密切削加工を試みた。被切削BNAの包埋方法や精密旋盤への固定方法、更に刃送り速度や切込み量等の切削条件を最適化した結果、As-grownバルク結晶から厚さ数100mmで表面粗さRaが5 nm以下、両面平行度0.005度程度の良質な光学面を有するBNA平行平板を得る事に成功した(図1)。このBNA平板を用いる事で、図2に示す様に理論と極めて良く一致するメーカーフリンジを計測する事に成功し、励起波長1064nmにおいてd33値を221±4 pm/Vと評価した。この値は、代表的な無機KTiOPO4結晶の15倍もの大きさであり、有機材料の非線形性の大きさを定量的に明確に示している。また、d15、d24等のこれまで未知であった成分の計測や、それらのCT励起に伴う共鳴的な波長分散の計測にも成功しており、今後、有機結晶を活用してテラヘルツ光発生及び検出の更なる高効率化を目指す。

図1:超精密切削加工によるBNA結晶(010)面
図2:BNAの2次非線形光学テンソルd33に対するメーカーフリンジパターン

高出力・波長可変テラヘルツ光源の開発 -自由電子レーザー級のピーク出力をもつ卓上型テラヘルツ波光源を実現-

テラヘルツ光源研究チームの林伸一郎研究員、縄田耕二特別研究員らは、ニオブ酸リチウム結晶中で横光学フォノンとフォトンが結合したポラリトンを介した誘導ラマン散乱(誘導ポラリトン散乱)によって,光とテラヘルツ光の波長変換を行い、誘導ブリルアン散乱やカスケード変換過程を抑制させた新方式の実験系(図1)において、ピークパワー10kW以上の高出力テラヘルツ光発生に成功しました。

実験では、励起光源としてマイクロチップNd:YAGパルスレーザーを用い、さらにそのレーザー光を独自に開発した光増幅器にて高強度化しました。一方、注入同期光源として外部共振器型波長可変ダイオードレーザーを用い、その出力を光ファイバ増幅器にて増大させ、前記パルス光と共に結晶へと入射し、ノンコリニア・パラメトリック位相整合による波長変換の最適化により高効率なテラヘルツ光の発生を実現しました。

研究チームでは、非線形光学結晶を用いて近赤外光などの光波からテラヘルツ光に波長を変換する方法で、高効率にテラヘルツ光を発生させる方法を研究しています。本成果では、以前の出力と比較して5桁以上の出力増加を実現しており、革新的な成果が得られました。(図2)

テラヘルツ光の周波数は後者の波長を制御することで約0.7THzから3THzの広帯域波長可変範囲が得られました。

開発したテラヘルツ光源は、自由電子レーザーに匹敵するピーク出力を発生でき、かつ卓上型光源であり簡便に扱えます。既存の様々なテラヘルツ光応用において、よりテラヘルツ光を自由に利用できるばかりでなく、これまで実現が困難だった高強度近接場テラヘルツ光を利用した応用研究やテラヘルツ帯域における非線形現象の直接的な励起・観測,分子や半導体等の特定の励起状態への多光子吸収による共鳴的遷移現象に関する研究など新しい研究への展開も期待されます。

図1:高出力テラヘルツ光源の実験系
図2:テラヘルツ光出力の周波数依存性

高感度THz波検出に関する研究

2次元テラヘルツ波像をリアルタイムに可視化

テラヘルツ光源研究チームは、非線形光学効果を用いて量子光学的にテラヘルツ波を光子エネルギーの大きな近赤外光へ波長変換し、高感度な近赤外光カメラで計測するテラヘルツ波可視化システムを実現しました。今回開発したシステムによって、室温・高感度・リアルタイムテラヘルツ波イメージングに成功しました。

テラヘルツ波イメージングシステムは広帯域周波数可変DAST差周波テラヘルツ波光源、テラヘルツ波イメージ結像光学系、波長変換光学系、高感度近赤外光カメラによって構成されます(図1)。非線形光学結晶は、独自に育成した有機非線形光学結晶DASTを用いました。テラヘルツ波光源は周波数を1~30THzの広帯域で制御可能です。発生したテラヘルツ波はサンプルを透過した後、結像光学系によって検出用DAST結晶上にサンプルのテラヘルツ波像を投影します。テラヘルツ波と同時に近赤外光を照射することによって、テラヘルツ波の空間情報を差周波発生の近赤外光に転写します。テラヘルツ波から光波へ変換された近赤外光像は、高感度インジウムガリウムヒ素カメラによって、時間・空間的に変化する対象物でもリアルタイムで撮影できます。

実験では、金属アルミニウム箔を素材として理研シンボルマークの象りをくりぬいたサンプルにテラヘルツ波を照射し、透過イメージング測定を行いました。マーク部分を透過したテラヘルツ波と励起光をDAST結晶に照射して、テラヘルツ波イメージの空間情報を高効率に近赤外光のイメージへと転写することに成功しました(図2)。開発したシステムは一般的なテラヘルツ波カメラと比較しても、格段に高感度でした。また、実験ではテラヘルツ波結像光学系の設計値である1mm以下の空間分解能を実現しました。

開発したテラヘルツ波イメージング技術は素子を冷却することなく高感度にテラヘルツ波リアルタイムイメージングを実現しており、有機非線形結晶で発生可能なサブTHz~数十THzという広帯域で利用可能なため、非破壊検査、セキュリティーチェック、医学および生物学的検査、産業用オンライン製品モニタリング、火災時の生存者の探索など、多様な分野で高感度計測と未発見の現象の発見に寄与すると期待できます。

図1:非線形光学波長変換を用いた室温動作・高感度・リアルタイムテラヘルツ波イメージングシステム
図2:理研ロゴに象った金属アルミニウム箔の可視光画像とテラヘルツ波イメージング結果

広帯域周波数可変THz波光源を用いたTHz波応用に関する研究

非線形波長変換によりテラヘルツ波を高感度に検出

電波と光波の中間周波数帯であるテラヘルツ波領域を利用した非破壊センシング・イメージング技術は,安心・安全な社会を実現するための基盤技術の一つとして注目されています.これらの応用を実現するためには,室温で動作する高性能なテラヘルツ波光源およびテラヘルツ波計測技術の開発が急務の課題となっています.

今回,テラヘルツ光源研究チームは東京工業大学の研究チームと共同で,将来の標準的な小型・室温動作・連続発振テラヘルツ波光源として期待されている共鳴トンネルダイオード(RTD)から発生したテラヘルツ波を,非線形波長変換によって検出する実験を行いました.近年1 THzを超える室温発振を達成したRTDは,電源供給のみで動作する小型電子デバイスであるため,実用的な装置開発の観点から非常に有用です.ニオブ酸リチウム結晶を用いた実験(図1)の結果,RTDからのテラヘルツ波放射の非線形波長変換検出に初めて成功し(図2),周波数1.14 THzのとき最小検出可能パワーとして約5 nWの高感度検出を実現しました.励起光のパルス幅(0.31 ns)を考慮すると,実際に波長変換に寄与したテラヘルツ波のエネルギーとフォトン数はそれぞれ2 aJと2.7×103に相当します.これは,従来の非線形波長変換による検出と比較して2桁以上高い感度であり,非常に微弱なテラヘルツ波の検出を室温で実現しました.また,非線形波長変換を用いたことで,RTDの発振周波数および出力を測定可能であることを示しました.

今回用いた実験装置はすべて室温で動作するため,様々な応用分野で本成果の利用が期待できます.例えば,RTDが小型電子デバイスである利点を活かして,周波数の異なる素子を集積化したRTDからの複数周波数のテラヘルツ波を近赤外光に同時に波長変換することで,複数周波数でのテラヘルツ波のリアルタイム計測が可能になります.このような計測手法は,テラヘルツ波領域の小型非破壊検査装置の実用化につながると期待されます.

図1:(a)RTDモジュールの写真と(b)非線形波長変換によるテラヘルツ波検出の実験配置
図2:励起光(赤)と1.14 THzのRTDモジュールを用いた場合におけるアップコンバージョン光(緑)の波長スペクトル.これらの周波数差がテラヘルツ波周波数に相当.

高出力テラヘルツ波発生に向けたニオブ酸リチウム結晶のパラメトリック利得の測定

テラヘルツ光源研究チームは,台形型ニオブ酸リチウム結晶による表面結合方式を用いることで,ノンコリニア位相整合条件下におけるテラヘルツ波出力の結晶長依存性を直接測定し,フォノン-ポラリトンによる誘導ラマン散乱のパラメトリック利得を実験的に求めることに初めて成功しました.この成果によって,フォノン-ポラリトンによる誘導ラマン散乱を用いた高出力テラヘルツ波パラメトリック光源を正確にデザインできるようになり,さらなる高出力化も期待できます.

これまで実験的に明らかになっていない誘導ラマン散乱を介したパラメトリック利得を測定することは,ニオブ酸リチウム結晶を用いたテラヘルツ波発生を正確にデザインする上で重要であり,理論計算値と比較することでさらなる高出力化が期待できます.本研究では,結晶内における吸収損失を低減でき,かつ,結晶長を連続パラメータ化できる台形型結晶を用いた表面結合方式を提案し,テラヘルツ波出力の結晶長依存性の詳細を初めて明らかにしました.その結果,テラヘルツ波出力は閾値結晶長を超えると指数関数的に増大し,パラメトリック利得と閾値結晶長はテラヘルツ波周波数に依存することを明らかにしました(図1).解析の結果,得られたパラメトリック利得のテラヘルツ波周波数依存性は,従来の理論計算値と一致することを示しました(図2a).また,パラメトリック利得と閾値結晶長の積が一定となり,その値が約10であることがわかりました(図2c).これらの結果から,励起条件と結晶長の最適化によってコンパクトな卓上サイズの装置からピークパワーで1 MWを超えるテラヘルツ波出力も期待できます.

図1:テラヘルツ波出力の結晶長依存性
図2:(a)パラメトリック利得,(b)閾値結晶長,(c)パラメトリック利得と閾値結晶長の積のテラヘルツ波周波数依存性

THzスペクトルデータベース

テラヘルツ光の基礎研究や産業応用において、様々な物質に対するテラヘルツスペクトルを取得し、データベース化する事は極めて重要である。我々は情報通信研究機構 (NICT) と共同でテラヘルツデータベースを構築し、2009年度よりインターネット上での公開を行っている (図1(a) 参照 掲載データの種類としては図1 (b) に示すように生体関連物質から高分子ポリマー、糖類、農薬、各種有機、無機材料など幅広い領域をカバーしており、データ数も現在1200を超えている。このように量・質ともに海外における他のテラヘルツデータベースを凌駕しており、1年間で国内外から3500回程度アクセスされる世界的データベースとして稼働している。また、本データベースは今年度から科学研究費補助金研究成果公開促進費の重点課題にも採択され、現在は、ユーザーが更に使いやすくなるようにインターフェースや検索機能の強化等に取り組んでいる。今後は世界中の他研究機関からの提供データなども追加し、テラヘルツデータベースの更なる発展を目指す。

図1(a)テラヘルツデータベースのトップページ、(b)掲載データの分類割合