超分子構造を用いた形式電荷制御


 キャリア密度やバンドフィリングといったパラメータは物性研究において欠かせない要素です。しかし、分子性導体においてはこれらのパラメータを変化させて系統的に研究を行うことは困難でした。これは、形式電荷を変えようとして価数の異なるイオンを混合しても、結晶構造の乱れが激しかったり、局在の効果が強すぎたりしたためです。我々はこの問題に対して、超分子集積構造を用いて対イオンサイトの電荷密度を制御する、というアプローチにより一つの方向性を見出すことが出来ました。

通常、伝導性カチオンラジカル塩は通常ドナー分子とカウンターイオンとの2成分から構成されますが、我々は含ヨウ素中性分子を加えることによって意図的に3成分からなる伝導性物質を作ることが出来るようになりました。その一例が(BEDT-TTF)2Br(DIA) です(DIA = diiodoacetylene)。この物質は下図左に示すような結晶構造を持っており、DIAとBr-イオンが一次元の鎖状超分子を作っていることが分かります。

  我々は、この物質に含まれる中性分子が 有機合成の技術によって様々な分子に変えられる点に 注目しています。そこで、 pBIB を中性分子として伝導性の塩を作成してみました(pBIB = p-bis(iodoethynyl)benzene)。

pBIBを使って BEDT-TTF のカチオンラジカル塩を作成すると (BEDT-TTF)3Br(pBIB) が得られました(下左図)。下図の右上が (BEDT-TTF)2Br(DIA) の結晶をb 軸方向から見た図、その下が(BEDT-TTF)3Br(pBIB) の結晶を同じ方向から見た図です。これを比較すると、中性分子の長さが伸びた分、アニオン層の電荷密度(赤丸で示されるBr- イオンの濃度)が薄くなり、それに伴って BEDT-TTF の形式電荷が +1/2 から +1/3 に変化したことが分かります。

  この技術を拡張すると、他の形式電荷を持った伝導性カチオンラジカル塩も合成出来そうです。実際、IIB を使った場合には、今度は形式電荷 +2/5 の結晶を得ることが出来ました。(IIB = 1-iodo-4-iodoethynylbenzene) これをグラフにすると下のようになります。超分子一次元鎖の周期とBEDT-TTF の形式電荷の間に非常に良い相関があることが分かります。この様に、超分子集積構造を用いると、BEDT-TTF の塩において形式電荷が制御できることが分かりました。結晶中の分子の電荷量もその結合長から見積もられており、正電荷がほぼ均一に分布していることも明らかになっています。従って、キャリア密度・バンドフィリングも形式電荷の変化に伴って制御されていると言って差し支えないでしょう。

同様の原理で、2次元的なネットワークを用いても形式電荷の制御が出来るはずです。こうした考えの元にDFBIB (= 1,4-fluoro-2,3,5,6-tetraiodobenzene) という化合物を用いても、BEDT-TTF の3:1塩が作成できることが分かりました。DFBIBの作る2次元ネットワークの単位面積は下図右のように約88Å2ですが、これはpBIB の一次元鎖が持つ単位面積(約90Å2)とほぼ同じです。ここで得られた物質群は色々な意味で分子性導体の物性を考える上での標準物質となることが期待できます。

参考文献

山本 浩史 博士論文 (1997).
H. M. Yamamoto, J. Yamaura, and R. Kato, J. Mater. Chem., 8, 15 (1998).
H. M. Yamamoto, J. Yamaura, and R. Kato, J. Am. Chem. Soc., 120, 5905 (1998).
H. M. Yamamoto, R. Maeda, J. Yamaura, and R. Kato, J. Mater. Chem., 11, 1034 (2001).
H. M. Yamamoto, R. Kato, Chem. Lett., 2000, 970.



研究メンバー
山本浩史、中尾朗子、山浦淳一、前田涼子

関連する項目
超分子集積構造を有する分子性導体の開発